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KININARU

毎日のきになることをかきとめます

書くことによって得られるものはなにか

ものかき,と呼ばれる人たちはどのようなタイミングで筆を取るのだろうか,と考えることがある.ものかき,とまでは行かずとも,趣味としてブログや日記を書いている人も然りである.

先日,結城浩さんが

 と述べていた.

この引用RTで述べられていることは少し数学よりな頭の流れの可能性もあるため,ほとんどすべての人が,ということには当てはまらないと思うが,先頭に近いポジションにいる方がこういった使い方をしているというのは多くの人が参考にして良い事柄であると思う.

私自身は,これまで文章というものを創作することはすくなかった.数学の問題や解説を作る,この取り組み自体はものを書く,という部分に通じるが,その中身は大きく脱線することのない,自分の書きたいこと,ではなく,求められているもの,を書いてきた.(LaTeXのコードは別であるが)

人に求められているものを書くことも重要だが,人に求められるものをかけるかどうかが大きな課題であると思う.その文章が読みたい,その文章がきになる,という対象になるのが良い,目標である.

そういった活動は一朝一夕にはできないし,すでに多くのひとが実践しており,改めていう必要もない,と思うかもしれない.しかし,この言語活動を自分自身で行う,という点が極めて重要なのであり,他者がやっている,行われ尽くした,というのはやらない理由とはなり得ない.(これは二重否定?)発声という形を除いたアウトプットの機会は,そう多くない.それが短文ではなく,かつ,日記でもない場合はさらに,である.

そういうことで,今回からどれぐらい続くかはわからないが,気を入れすぎず,本来好きな活動であろうため,すくなくともこれよりも洗練されていない文を書くことは今後ないと思われる.

日々10時までに家事を終わらせ,思考し,言語化し,人格の修練を行わん.